カスハラ対策としての録音禁止を巡る諸問題 序

(この記事は、法務系 Advent Calendar 2024の12月16日の投稿です。)

はじめに

10月末ころから11月初めにかけて、庁舎内での「録音」を禁止する自治体が全国的に増えていることが報じられた。禁止に一定の賛同がある一方で、録音を認めるべき場合もあることから一律の禁止は行き過ぎではないかとの指摘も見られた。

企業の顧問先、自治体の顧問先をもつ筆者にとっても、カスタマー対策と録音の問題は近時、増加している相談であることから、Legal AC 2024の機会にその議論を簡単に整理することとしたものである。当初は関連問題を網羅的に扱う予定であった。しかし、全てを含めると稿が長大になりすぎるため、今回はタイトルに「序」と付し、大部分を将来の課題としている。

なお、本記事にいう「録音」は、カスタマー自身の事項について人の発言あるいは人の会話状況に関し録音しようとするものであることを前提とし、取材や抗議のために録音しようとする者については検討対象外とする点はご了承いただきたい。

録音の価値

当たり前の記述となるであろうが、まず、録音にどのような価値があるかを整理しておきたい。

録音は、通話や対話の内容を客観的に再現することが可能である点に価値がある。

人間の記憶は曖昧であり、容易に変容する。
(人の記憶がいかに容易に変容し、実務法曹が信じている供述の正確性の確認方法がいかに無力であるかについては、エリザベス・ロフタスの次の2つの動画が参考になるだろう。
 『記憶が語るフィクション』
 https://www.youtube.com/watch?v=PB2OegI6wvI
 『The Memory Factory』
 https://www.youtube.com/watch?v=KC9CRBvIAsQ )

他方、録音データは発言がなされた当時の状況や言葉遣いをそのまま保持する。
誰が何をどのようなトーンで発言したかの、正確かつ客観的な裏付けとなり、「言った」「言わなかった」という水掛け論を抑え、事態を解明する助けとなる。

録音なく記憶による場合、両当事者がともに確信をもって自分は正確に発言内容・状況について主張しているという状況においてさえ、当事者の言い分が食い違うということが起きうる。
これは紛争の解決を極めて困難にする。

客観的な記録としての録音があることで、紛争解決がスムーズに進行しやすくなる場合がある。

カスタマー側にのみ録音が存在する場合の問題

庁舎内における録音を禁止するルールを定める自治体が増えつつあるのは、カスタマー側に録音があることから生じる不利益を避けようとするためであると思われる。この不利益は特にカスタマー側にのみ録音が存在する場合に顕在化することとなり、内容として次のようなものが考えられる。

事業者側(自治体を含む。)が録音を有していない場合、カスタマー側の録音のみが「証拠」として存在することになる。
その結果、事業者側はカスタマーのする主張を客観的に検証する手段を持たないまま事態への対応を迫られ、ときに録音内容が部分的に切り取られた状態で提示されるなど、証拠の公正性を欠いたまま対応を迫られるリスクを負うことになる。

特に、カスタマーハラスメント問題では、カスタマーが意図的に事業者側を追い込む目的で発言を誘導するケースもあり得る。カスタマーだけが録音を保持している場合、事業者側が不利になるような編集や抜粋がなされ、カスタマー側の挑発や過激な言動が隠蔽されたまま、事業者側の対応する言動だけが提示され、全体として事業者側のみが過激な対応を行ったと誤解させられる可能性がある。

カスタマー側のみが録音を行うことは、証拠や事実確認の不均衡を生み出し、事業者側の防御策を弱める可能性があると言える。双方が録音を有していれば、事業者側がカスタマー側の恣意的編集に対して保有データで対抗することでこの問題は相当程度避け得る。

録音禁止の法的根拠と有効性

企業であっても、自治体であっても施設管理権があることから、事業所内あるいは庁舎内における録音禁止を定めること自体は可能であろう(民間企業の従業員について業務中の施設管理権に基づく録音禁止が可能とするものとして、東京地裁立川支平成30年3月28日判決。)。

しかし、他方でその禁止の定めがいついかなる場合にあっても有効であるか、あるいはいかなる要件のもとで有効であるかは必ずしも明らかではない。

前述東京地裁立川支判は、録音禁止の遵守の必要との関係で、具体的な禁止の必要性を論じている。

また、一般的に警察は取調べにおける録音を禁止しているが、在宅事件における取調べの態様の違法が争われ国家賠償請求が認められたいわゆる三重県警察鳥羽警察署事件(津地判令和4年3月10日判決)において、判決は自衛手段としての録音を認めている。

施設管理権に基づく制約に関する先行文献は主として撮影行為を中心に論じており、撮影行為については無関係利用者の写り込み等の弊害が考えられることから制約可能と論じるところ(香川希理編著『カスハラ対策実務マニュアル』121頁、京野哲也編著『Q&A 若手弁護士からの相談203問  企業法務・自治体・民事編』)、録音については、発話者の音声のみが記録されるものであり、存在するだけで映り込む撮影とは利益状況が異なるように思われる。
(なお、『カスハラ対策実務マニュアル』は、個室対応についても切り取りにより事実と異なるものがSNSアップされるおそれを理由として、業務の円滑な遂行を困難になるため撮影禁止を求めることが可能ともいう。)。

これらを概観するところからは、録音の禁止の有効性は、禁止の必要性と録音によって実現される利益との衡量によって判定されているものと考えられる。

そしてこのような衡量の枠組は、事業者側にとって録音の存在がありがたくない場面、すなわち事業者側が何かやらかしていればいるほど、カスタマー側の録音の必要性が高まり、禁止は無効になるという枠組である。

録音禁止の効果と禁止のエンフォースの困難

仮に事業所内・庁舎内における録音禁止を定めることができるとしても、当該禁止に実効性があるかについても考えておく必要がある。

事前の呼びかけとして、素直に従ってくれるカスタマーも一定数はいると考えられるので、禁止が全くの無意味であるとは言えないだろう。
他方で、無許可録音であったとしても民事事件の証拠となることは数多の裁判例群が示すところである。従って、録音禁止の効果は、これを無視して録音されてしまった場合にはほぼないだろう。

もっとも厄介であるのは、現に録音しようとし、あるいは録音している者への対応である。
禁止規定がある旨を告げて注意を喚起しあるいは警告すること、録音機の停止を求めること、録音済みデータの削除を求めることなどが、要請としては可能である。

顧客対応義務がないのが通常である民間の事業者の場合には、要請に応じて貰えない場合には、カスタマー対応を中止し、事業所からの退出を求め、なおも拒否された場合には不退去罪等の可能性を考慮して警察に通報することで、相当に手間のかかる作業ではあろうが、最終的にはカスタマーを排除し得るかもしれない。

他方、自治体の場合にはまた別の困難もある。
自治体は、住民に対して一定の行政サービスを提供する義務あるいは責務があり、録音しているとの一事をもって行政サービスの提供を拒絶できるかという問題を生じるからである。
一定の行政サービスについては提供義務があるため、対応の中止、退出の求め等の民間事業者と同等の対応をとると、違法な対応拒絶と評価される場合があり得る。この問題を避けるためには、対応を求められている業務の性質と場の状況に鑑みて録音禁止を求めることの必要性とを考慮する必要があるほか、カスタマーにおいて録音を求める理由を正確に把握して衡量判断するという、厄介な判断が求められることになる。同一事項について過日、別の担当者が明白な誤教示を行っていたためにカスタマーが不審を抱いて確認にきたような場合など、現場ではカスタマーが録音を求める理由を正確に把握することが困難である場合すらある。
衡量枠組による判断は自治体においてより複雑である。

さらに言えば、衡量枠組による禁止は、他のカスタマーの理解が得られにくい。なぜ、あちらの録音はOKでこちらの録音がNGなのかを説得するのは、守秘義務のある中において、しばしば容易ではない。

なお、録音禁止の求めが一応適法と考えられる状況下であるにも関わらず、あくまでカスタマーが録音を求めて騒ぎ立てる等した結果、執務に支障が生じた場合には、「庁舎管理者は所属職員に命じて右集団を庁舎外に運び出し、あるいは押し出す程度の実力による排除行為をなし執務の正常な状態を回復しようとすることは許容されるところである」(東京高裁昭和52年11月30日判決。議会傍聴券を得られなかった集団が議員等の庁舎内への入場を阻止するために座り込んだのに対し、庁舎管理者が退去命令を行ったうえで、所属職員をして、これらの者を排除するために順次引っ張り出した行為の正当性が問われた事例)と考えられる。

とるべき方向性

事業者側にとっての録音の不利益はカスタマー側にのみ録音が存在することに起因すること、録音禁止を求めることは可能だが、その禁止は事業者側にとってありがたくない場面ほど効力がない上、なされた録音に対しては無力であり、またなされようとする録音への対抗手段としても相当な困難があることを論じてきた。
現場における判断の現実的な可能性と事業者側としてのコンプライアンス維持の観点からすると、録音禁止は好手とは言いがたいことが明らかになったと言えよう。

ではどうするか。
事業者側にとっての録音の不利益は、カスタマー側にのみ録音が存在することに起因するのであるから、事業者側も録音するのが現実的な解となる。
しかし、この場合、個人情報の取得手続き、録音方法(特に従業員個人のスマートフォンによる録音の許否)、録音したデータの取扱い(保存期間、保存方法、消去、反訳、反訳について生成AIを使用する場合、反論のための公開の可否と手続き。)などについて検討する必要があり、また実践的な手法としてカスタマー側の録音を無効化する環境の設定、テクニックの使用などについて論じることが必要であるのだが、既に長大になっているので今回はここまでとしたい。