司法試験刑事系短答平成30年第2問の解説

問題

次のアからオまでの各記述を判例の立場に従って検討した場合,正しいものの組合せは,後記1から5までのうちどれか。

ア.甲は,同僚Aを会社の備品倉庫内に閉じ込めて困らせようと考え,午後7時頃,Aが一人で作業をしていた同倉庫の全ての出入口扉に外側から鍵を掛けた。Aはそのことに気付かず,もともと同倉庫で深夜遅くまで仕事をするつもりであったので,そのまま作業を続けていたところ,午後10時頃,たまたま同倉庫にやって来た他の従業員が出入口扉の鍵を開けた。この場合,甲には監禁罪は成立し得ない。

イ.甲は,別居中の元妻Aが単独で親権を有する生後数日のBを連れ去ろうと考え,A方を訪問した上,Aがトイレに行っている隙に,ベビーベッドで寝ていたBを連れ去った。この場合,Bには移動の自由が全くないから,甲には未成年者略取罪は成立し得ない。

ウ.甲は,捜査車両をのぞき見て同車両のナンバーを把握するため,警察署の建物及び敷地への外部からの立入りを制限するとともに内部をのぞき見ることができない構造として作用し,建物の利用のために供されている高さ約2.5メートルのコンクリート塀を正当な理由なくよじ登り,その上部に立って同警察署の敷地内の捜査車両を見て立ち去った。この場合,甲には建造物侵入罪は成立し得ない。

エ.甲は,Aに恨みを抱き,「ふざけるな。おまえの妻Bを酷い目に遭わせてやる。」という電子メールをA宛てに送り付けた。BがAの内縁の妻であった場合,甲には脅迫罪は成立し得ない。

オ.甲は,深夜,A方に侵入し,泥酔して熟睡中のAにわいせつ行為をして,Aに全く気付かれないままA方を出た後,A方から約100メートル離れた路上で,警ら中の警察官Bから職務質問を受けたため,逮捕を免れる目的で,Bを拳骨で殴打してBに傷害を負わせた。この場合,甲には準強制わいせつ致傷罪は成立し得ない。

1.ア イ 2.ア オ 3.イ ウ 4.ウ エ 5.エ オ

解答

5

解説

各選択肢について,個別に検討することになる。

ア)
監禁罪の保護法益については,1)移動しようと思えば移動できる自由とする可能的自由説,2)現に移動しようとする自由とする現実的自由説の対立があり,判例については異論がないわけではないものの,概ね可能的自由説に立つものと理解されている(百選・刑法各論10事件)。

可能的自由説からは,客体が気づかなくてもその可能的自由を侵害すれば監禁罪は成立することから,アは誤りである。

イ)
未成年者略取罪の保護法益は,一次的には被拐取者が現在の生活環境にとどまることであって,移動の自由の問題ではない。また,親権者による未成年者略取を有罪とした最判平成17年12月6日決定の事案がある(百選・刑法各論12事件)。イは誤りである。

ウ)
最高裁平成21年7月13日決定の事案。山口3版5401/11317に言及があるが見落としやすいと思われる。

エ)
刑法222条2項の親族に内縁関係は含まれない(通説)。

オ)
最高裁平成20年1月22日決定の事案を翻案したものと思われる。

強制わいせつ致死傷罪が成立するための死傷の原因となる行為の範囲については限定説と非限定説の争いがある。限定説は,わいせつ行為等それ自体およびその手段として行われた暴行・脅迫に限られるとする。非限定説は,それらに限られず,強制わいせつ・強姦行為と密接に関連する行為・随伴する行為まで広げる見解である。

判例は一貫して非限定説を採用していることから,随伴性の判断基準が問題となる。この点については,わいせつ行為・姦淫行為と死傷の原因となった行為との間に,時間的・場所的接着性,意思の同一性が認められるかにより判断するとの説明がある。

前記判決の事案では,結論からは強制わいせつ致傷罪の成立が認められているが,同事案は,被害者がわいせつ行為に気づいて覚醒し,被告人を問いただすとともに,被告人着衣をつかんだことから,被告人が逃走するため被害者に暴行を加えて傷害結果を生じた事案である。この事案に対してさえ,結論には疑問が呈されている。

他方,本問では被害者は被害に気づいておらず,被害者方を出た後の職務質問をしようとした警察官に対して100メートル離れた場所で加えられた傷害であって,判例の規範によっても随伴性は認められないものと思われる。

解き方

基本書又は判例百選の学習により,ア・イについては判断できる(あるいは過去問学習でア・エについて判断する。)。ウについて知っていればラッキー。オについて事例問題として解いた経験があればラッキーということになるか。

この問題を受けてやること

判例百選等により,基本的な犯罪についてその保護法益と構成要件について正確に理解するようにつとめる。

また,判例百選において,学説からの批判が強い判例については(その批判がある程度の支持を受けていることを前提として)なぜ批判がされているのか,事案をどう変えれば学説に適合的になるのかといった検討をしておくことが望ましい。

司法試験刑事系短答平成30年第1問の解説

問題

刑罰論に関する次の各【見解】についての後記1から5までの各【記述】のうち,誤っているも のを2個選びなさい。

【見解】

A.刑罰の目的は,行為者が将来再び犯罪を行うのを予防することにある。

B.刑罰の目的は,刑罰による威嚇を通して一般人が犯罪を行うのを予防することにある。

C.刑罰は,犯罪を行った者が果たさなければならないしょく罪である。

D.刑罰の目的は,処罰により行為者の行為が犯罪であると公的に確認され,これを通して一般人が犯罪を行うのを予防することにある。

【記述】

1.Aの見解に対しては,軽微な犯罪を行った者であっても,その更生に必要であれば,長期の拘禁刑を科すことが正当化されるおそれがあるとの批判が可能である。

2.Bの見解に対しては,刑罰は重ければ重いほどよいという考え方に陥るおそれがあるとの批判が可能である。

3.Cの見解は,軽微な犯罪を行った者であっても,一般予防の必要性が高いときはその刑を重くしなければならないとの考え方に親和的である。

4.Cの見解に対しては,犯罪を行った者に対し,その処罰を猶予する余地がなくなるとの批判が可能である。

5.Dの見解は,自由意思の存在を認めない決定論を前提として初めて成り立つものである。

解答

3,5

解説

刑罰論の基本に関する出題であるが,受験的に手が回っていない可能性が高い範囲でもある。刑法に極力コストをかけないという観点からは,次のように解く。

まず注目すべきは,各記述の末尾である。「批判が可能である」「考え方に親和的である」「前提として初めて成り立つ」の3種類がある。このうち,「批判が可能である」という選択肢は,見解と記述を検討して可能な経路が1本でもあれば良い。他方,「考え方に親和的である」という選択肢は客観的な評価であると思われ,判断が難しい。また,「前提として初めて成り立つ」という選択肢は,これが不可欠の前提であることを意味するから,他の思考経路が1本でもあれば誤りとなる。

あきらめ良くいくなら,3つある「可能である」を正しいとして,3と5。これで正解になる。

いちおう検討する場合は,「可能である」とする1,2,4から検討する。確信までは要らない。いけそうやなというくらいで確認すればOK。

この問題を受けてやるべきこと

知識で解決できない場合は,選択肢自体の論理構造に目を向ける癖をつけること。

司法試験刑事系短答平成30年第11問の解説

 問題

責任能力に関する次の1から5までの各記述のうち,判例の立場に従って検討した場合,正しいものはどれか。
1.裁判所は,責任能力の有無・程度について,専門家たる精神医学者の意見を十分に尊重して判定すべきであるから,精神鑑定の意見の一部だけを採用することは許されない。
2.行為者が犯行時に心神耗弱状態にあった場合でも,その刑を減軽しないことができる。
3.犯行時に事物の是非善悪を弁識する能力が著しく減退していても,行動を制御する能力が十分に保たれていれば,完全責任能力が認められることがある。
4.精神の障害がなければ,心神喪失又は心神耗弱と認められる余地はない。
5.14歳の者は,事物の是非善悪を弁識し,その弁識に従って行動する能力が十分に認められる場合であっても,処罰されない。

正答

4

解説

「心神喪失とは,精神の障害により,行為の違法性を認識し(弁識能力),その弁識に従って行動を制御する能力(制御能力)を欠く状態をいう。弁識能力又は制御能力のいずれかが欠けている場合が心神喪失である。また,心神耗弱とは,精神の障害により,弁識能力又は制御能力が(欠如するまでには至らないが)著しく限定されている状態をいう。」山口3版3000/11317

組み合わせではなく,かつ基本的定義のみで正答できることから,消去法ではなく,積極選択を求める問題と思われる。

この問題を受けてやるべきこと

心神喪失・心神耗弱の定義を記憶する。

司法試験刑事系論文平成30年第2問についてのコメント

刑訴法 毎年同じコメントをかいても間に合いそうな感じ…。

強制処分の意義を定義する際には,その理由を付すること。過去の採点実感で書けと指示されている。

強制処分該当性判断は立法と令状の要否という事前抑制のためのものであるから,当該事件において行われた捜査の結果を考慮してはいけない。捜査を実行しようとした時点で行おうとした行為から類型的に判断すること。

捜査手段のうち,任意処分があり得るという点で検証はちょっと特殊な性質を持つ。検証,即,強制処分ではない。

将来犯罪の予防は行政警察であって,捜査の必要にはならない。

伝聞証拠の趣旨について,反対尋問だけ書いても足りない。直接観察,偽証罪の制裁,反対尋問の3つとも必要。公判供述は反対尋問できなくても証拠能力があるというのが判例だし,被告人には反対尋問できないし。

321条1項3号の要件である不可欠性については条解刑事訴訟法を確認しておくこと。1号から3号までのその他の要件も条解刑事訴訟法で確認しておくこと。みんな書けてない。

本件領収書は金の授受の前に作ってあったとしか思えないから,体験供述ではなく,したがって伝聞性はないですよ。